テニスの試合で決めたはずの一球が、また返ってくる。角度をつけても、深く押し込んでも、コートの真ん中から淡々と返ってくる。こちらは足が重いのに、相手は同じ顔で構え直している。
こういう、強打で決めにこないで粘って返し続ける相手のことを、テニスではシコラーと呼びます。あの粘りは何なんでしょう。そして、あれは自分にもできることなのか。
シコラーって、どんな人のこと?
呼び名のもとになっているのは、地道にコツコツと返し続ける様子です。その様子を表す「シコシコ」に、「〜する人」を意味する「er」がついた言い方だと言われています。
強打で終わらせるのではなく、粘って、繋いで、相手が自分から崩れるのを待つ。このプレースタイル、またはそのプレーヤーを指してシコラーと呼びます。英語圏では、押し返す人という意味のプッシャー(pusher)と呼ばれることが多いようです。
似た呼び方に、力強く打ち込むバコラーがあります。バウンドして上がり始めたところを早いタイミングで叩き、相手から時間を奪うライジンガーという言い方もあります。どちらも自分から仕掛けて決めにいくスタイルで、拾って繋ぐシコラーとは対照的です。
この呼び方は、ときに見下すニュアンスで使われることもあります。決めさせてもらえない苛立ちが、そのまま呼び名に乗っているのかもしれません。
ただ、拾い続けるプレーが弱いわけでも、ずるいわけでもありません。どちらのスタイルにも、それぞれの理屈と技術があります。
押し切ろうとするほど、なぜかこっちが先に崩れる
こちらは全力で打っているのに、相手は涼しい顔で拾い続けている。体力の差だろう、と考えたくなります。ただ、それだけでは説明がつかない場面もあります。息が上がっているのは、打たされている側ではなく、決めにいっている側のほうが多いからです。
粘る相手と対戦していると、だんだん「もっと強く」「もっと角度をつけて」と力が入ってきます。ところが、決めにいくほど腕が先に動いて、振りが大きくなる。タイミングを合わせる余白が狭くなり、ネットや外へ外れる一本が増えていきます。相手を崩そうとした一打が、自分のフォームを崩す一打になってしまう。同じ覚えのある方は多いと思います。
「力を抜け」と言われても、どこをどう抜けばいいのかわからない。その感覚については「力を抜け」と言われても抜けない人へでも詳しく触れています。
力で押す以外に、やり方はある?
粘る相手に対しては、押し切る以外の選び方があります。なかでも手応えが出やすいのは、球の高さを変えることです。
低い球のあとに、山なりを一本混ぜてみる
同じ深さ、同じ速さで打ち続けると、相手は淡々とリズムに乗って拾い続けられます。粘るのが得意な人ほど、テンポが一定なほど気持ちよく返せます。
そこで、低く速い球を何本か続けたあとに、山なりの高い一球をふわりと混ぜてみます。相手は同じテンポで踏み込む準備をしているので、待つ時間が生まれて足が止まりやすくなります。
目安になるのは、返ってきた球の深さです。山なりを混ぜたあとに、返球がサービスライン付近まで浅くなったら、そこが前に入るタイミングです。逆に同じ深さで返ってきたなら、まだ崩れていません。もう何本かテンポを揺らしてから狙います。
センターに集めると、相手の角度が消える
サイドに深く打つと、相手にも角度をつけて返す余地を与えます。センター寄りに集めればコースが限られ、返球も単調になりやすくなります。
浅い一本で、前に呼び出す
粘るタイプは深い位置で構えることに慣れていて、前に出て打つ場面は苦手という人が多いようです。浅く短い球を一本混ぜると、体勢が崩れたり返球が浮いたりしやすくなります。
焦らないほうが、なぜか決まる
そして何より、急がないことです。早く決めようと焦るほど、さきほどの悪循環に入りやすくなります。ラリーを重ねてから狙いを絞るくらいの気持ちのほうが、案外うまくいきます。
長いラリーでも崩れない人は、何が違うんだろう
ここまでは、粘る相手にどう向き合うかという話でした。ここからは、粘り続けられる側は何が違うのか、という話をします。
体力じゃなくて、一球でどれだけ消耗しているか
拾い続けられる理由は、体力そのものよりも、一球ごとにどれだけ体を削っているかの差にあります。強く踏み込んで大きく振って追いつく打ち方なら、一球の消耗は大きくなります。最小限の動きで返せていれば、同じ一球でも負担はずっと軽くなります。
体の土台が整っている人は、一球ごとの余計な力みが自然に抜けやすくなります。打ち終わったあとの腕の重さが違ったり、次の一歩がスッと出やすかったりします。
腕だけで振ろうとせず、下半身から体幹を通して力が伝わっている。そういう打ち方なら、ラリーが長引いても、最初とあまり変わらない動きで打てます。
粘れるようになりたいなら、まず何から試す?
走り込みを増やす前に、次のラリーからでも試せることがあります。
ひとつは、返す深さの基準を決めることです。相手のサービスラインより奥に落とす。狙う場所をこれだけに絞ると、相手は前に入りにくくなりますし、こちらも力が入りにくくなります。
もうひとつは、打ったあとの足です。打球を目で追って止まってしまうと、次の球でいきなり走らされます。打った直後にコートの真ん中側へ一歩戻る。そして相手が打つ瞬間に、小さく跳ねて構え直す。この2つがつながると、届く範囲がぐっと広がります。
フォームを直すより先に、この当たり前の部分が揃うほうが、ラリーは続きやすくなります。
どちらも、次のラリーからでも効きます。ただ同じ工夫でも、一球ごとの消耗が軽い状態で試すほうが、手応えは出やすいようです。体の使い方の全体像はテニスが上手くなる方法でも取り上げています。
体力勝負ではなかった、と感じた人の話
走り込みを増やしても、疲れ方は変わらなかった
社会人になってからテニスを始め、週末だけコートに立っているという方がいます。粘るタイプと当たるたびに、最後は自分だけが息切れして競り負ける。そんな展開が続いていたそうです。
体力の問題だと考えて走り込みを増やしてみたものの、疲れ方はあまり変わりません。ラリーが長引くと、足より先に腕が重くなってくる。その感じは残ったままだったといいます。
打ち終わりの腕から、力がすとんと抜けた
そのころ、打つたびに肩から先へ力を入れにいっている自分に気づいたそうです。そこから、腕を先に動かすのをやめて、下半身の動きに合わせて振り出すようにしました。
変わったのは、打ったあとでした。同じ長さのラリーを終えても、膝に手をついて肩で息をすることが減った。ラケットを持った腕から、すとんと力が抜けて下りていく。そんな感じが残るようになったと話していました。同じような回り道の話はテニスが上達しない人の共通点でも取り上げています。
押し切るのをやめたら、逆に崩れなくなった
もう一人、粘る相手にどうしても押し切られてしまうという方の話です。決めにいく一打を減らして、深さを揃えて返すことと、打ったあとに構えへ戻ることだけに絞ってみたそうです。
力で押していたころより、ラリーで崩れなくなった。打ち合いが長くなっても、最後の一本まで同じ振り方でいられる。それが一番の違いだったといいます。
粘る側でも攻める側でも、余計な力みを抜くことは安定につながるようです。体の土台が整うと、どちらのスタイルにも同じように効いてくることがあります。
※これらは個人の体験をもとにした事例紹介です。同じ変化が起きることをお約束するものではありません。
よくある質問
どのくらいの練習で粘れるようになりますか?
練習量よりも、一球ごとの負担をどれだけ減らせるかによって変わってきます。返す深さの基準を決める、打ったあとに構えへ戻る、といった小さな習慣から始めると、走り込みを増やすより先に手応えが出ることがあります。
シコラーと言われて嫌な気持ちになったときは、どうすればいいですか?
シコラーという呼び方は見下すニュアンスで使われることもありますが、拾って繋ぐプレーは立派な戦術のひとつです。呼び方に振り回されず、自分のスタイルとして受け止めて問題ありません。
シコラーの戦い方は、ダブルスでも通用しますか?
シングルスほど単純ではありませんが、深く返して相手のミスを誘う考え方自体は、ダブルスでも活きる場面があります。ただしダブルスは前衛のポジションが絡むため、粘るだけでなく状況判断も必要になります。
プロ選手にもシコラーはいますか?
粘り強いプレーで知られる選手はいます。ただし、プロのレベルになると、拾うだけでなく相手を崩す組み立ても併せ持っていることが多く、ひとつのスタイルだけで語れるものではありません。
粘れるかどうかは、根性の差じゃなかった
粘られて競り負けるのも、思うように粘り続けられないのも、根性や体力が足りないからではありません。一球ごとの負担をどれだけ減らせているか。その違いが大きいようです。
ただ、自分の力みは自分では見えにくいものです。動いている最中に、どこに余計な力が入っているかを見てもらえると、思っていた場所と違うことがよくあります。
実際に体を動かしながら、力みが抜けたときの感覚の違いをその場で確かめる短い時間もあります。気になったら、まずは一度、体験から試してみませんか。

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